映画『プロミスト・ランド』

映画『プロミスト・ランド』

杉田雷麟 寛一郎
三浦誠己 占部房子 渋川清彦 / 小林薫
脚本・監督:飯島将史
原作:飯嶋和一「プロミスト・ランド」
(小学館文庫「汝ふたたび故郷へ帰れず」収載)

製作:近藤純代 エグゼクティブプロデューサー:原田満生 プロデューサー:菅野和佳奈 瀬島翔 音楽:安川午朗 音楽プロデューサー:津島玄一
撮影:大塚亮 照明:後閑健太 録音:中里崇 美術:堀明元紀 衣裳:大塚満 ヘアメイク:豊川京子 編集:普嶋信一 VFX:豊直康 音響効果:松浦大樹 特殊造形:石野大雅
ガンエフェクト:遊佐和寿 マリン統括ディレクター:中村勝 助監督:塩﨑竜朗 制作担当:吉田幸之助 山岳ガイド:石沢孝浩 マタギ監修:田口比呂貴 伊藤一雄 田口洋美
製作:FANTASIA Inc. / YOIHI PROJECT 制作プロダクション:ACCA /スタジオブルー 配給:マジックアワー/リトルモア ©︎飯嶋和一/小学館/FANTASIA

6月29日㊏
ユーロスペースほか
全国順次ロードショー

『プロミスト・ランド』公開に寄せて

信行役:杉田雷麟さん

本当にやりたい事は別にあるけど、今の環境から動こうとはしない。というより動けない。
同じ経験がある方、結構居ると思います。
そんなに言うなら、やりたい事をやればいいって簡単に言う人、人と比べてくる人、どうなんでしょう。そんな簡単じゃ無いですよね。
この作品を見て、「やっぱり挑戦してみようかな」、「今のままの自分がいいな」、色々思うことがあると思います。どっちが正しいではなく、自分が感じ決めた事が正しい。
是非一度ご覧下さい。

礼二郎役:寛一郎さん

人、文化、自然、をマタギを通して感じられる作品です。
時代、受け継ぐこと、踏襲することとそうでないもの、その中で淘汰されること。
いい作品になっています。
ぜひ劇場で。

信行の親父役:三浦誠己さん

撮影中に大自然の中で己の無知さを感じ、撮影を終え戻った大都会でジクジクと考えさせられました。
眼差し。息遣い。言霊の数々。
我々人間はたくさんの忘れ物を取りに戻らなければならないのかもしれません。
土の匂い。風の音。雪の眩しさ。鉄の重み。血の味。
そして輝きを放つ主演の若き二人。
是非是非、劇場で感じて下さい!

信行の母役:占部房子さん

初めて脚本を読ませて頂いた時は、壮大な風景の中で生きる若い命の物語に単純にワクワクしていました。
しかし、出来上がった映画は私が想像した「壮大」をひらりと飛び越え、地球から聞こえる脈動、循環する命の中にいつの間にか取り込まれたような驚きの体験をくれるものでした。これからご覧になる皆さんが『プロミスト・ランド』にどんな風景をみるのかとても楽しみです。沢山の方に届きますように!

マタギ衆の一人・田島役:渋川清彦さん

初めて映画を撮る監督の初期衝動に俺はのりたい。それが助監督の時から知っていて好きな奴だとなおさらだ。誘われなかったら少し嫉妬する。『プロミスト・ランド』の脚本を読み、これできるの?と思うくらい言葉での表現は美しいし面白いが映像にするのは大変だと思った脚本だった。飯島監督は人柄も相まって見事に飯島作品を創りあげた。飯島監督、誕生おめでとう。大変な道だと思うが、これからも期待してます。最後に、現場でフリーズしたごとく長考している飯島監督の姿、なんか好きです。

マタギの親方・下山役:小林薫さん

ロケ地の朝日岳の麓というのかな大鳥集落。ここから先はさすがに人家もないというところで、時間もあったので近くを散策して驚いた
未舗装の林道を山に向かって歩き出したのだが
大量の雪がまだ残っているのだ
道と言っても、そこかしこに残っている雪が解けだし川のようになっているところもある
東京では真夏日のような気温も記録するゴールデンウィーク最中の時季にだ
撮影で山林の中に入ってまた驚いた
雪渓のようになった雪が場所によって、50センチくらいの深さになっている
冬の厳しさ感じないわけではないが、ここに住む人たちの強靭さ、自然との向き合いかたにジーンと感動したロケでした

飯島将史監督

本作は社会や制度、文化、自然、価値観、様々な事が時代によって変わっていく中で、愚直に生きようとする二人の若者が主人公の話です。
原作小説は今から四十年前の東北の地を舞台に、マタギ文化特有の狭い世界を描いていますが、過去ではなく今の時代に通じる作品です。
是非、多くの方々に、春の雪山で熊を探して歩き続ける彼らと、同じ時間を過ごしてほしいと思っています。

原作者・飯嶋和一さん

山岳の神々に捧げられた映像詩
飯島将史監督の肉声は、殊に原作にはない「ケボカイ」の儀式から伝わった。ケボカイは、マタギが獲物を解体する時に行なわれる。ほふった熊の頭部を川下に向けて置き、剥いだ毛皮を数人が持ち上げて、持ったまま頭の皮を尻に、臀部の皮を頭部へと回し、体の肉に覆い被せる。熊の霊が天にのぼり、再び獲物となって現われるのを山の神々に祈念する儀礼である。マタギにとって深山の狩場は霊場であり、樹木や獲物となる鳥獣にも神が宿る。この映画には、明治時代以降、我々が進んで失ってきた自然への畏敬と共生への願いがこめられている。